忘れられない看護エピソード

厚生労働省と日本看護協会が募集する「第4回 忘れられない看護エピソード」が発表になりました。「忘れられない看護エピソード」は、「看護の日・看護週間」事業の一環として看護職、一般の方々から看護にまつわる心温まるエピソードを募集したものです。今回の募集(2013年11月15日~2014年2月28日)では、全国各地から過去最多の3,422作品が集まりました。表彰式では特別審査員の内館牧子さん(脚本家)による講評や、ゲスト審査員の「看護の日」PR大使・蛯原英里さんのトークショーが行われ、抽選で招待された一般参加者、看護職などが参加しました。入賞した20作品の一部を下記にご紹介いたします。


『16歳の母』

彼女は妊娠8カ月。お昼前の産婦人科外来の白っぽい日射しの中で、髪は金色、上下ピンクのジャージ姿だった。大丈夫かなと誰もが思ったことだろう。指導に対してまともな返答は返って来ない。でも無事に女の子を出産。皆、胸をなで下ろした。

 子育ては生活だ。眠ること、食べること、育児すること、全てのことを伝えたいと思ったが、説明だけでは足らないとも感じていた。あなたのことが大切なのよと丁寧に伝えたかった。

 そんなある日、沐浴を終えて赤ちゃんを彼女の元に連れて行った時、声を掛けられた。

「いいね」

「ん、何が」

「助産師なんじゃろ」

「そうよ」

「そうゆうの。看護師とか助産師とか」

「そうかな」

「うん、そうゆうの、私もやりたかった」

 思わず涙が出そうになった。そんなふうに見ていてくれたのかとうれしくて、でもそんなストレートな気持ちを実現する前に、一人の子の母になったこと。子どもを授かることは貴いことだ、でも彼女は、本来、高校1年生だ。

 「今からでもなれるよ」と説明したものの、彼女は1年後、第二子出産のため入院した。どうか何ごともなく、迷いながらでも子育てを順調にしていてほしいと思っていたが、少女は少なからず母になっていた。そして若い夫婦になっていた。

 第二子は男の子、新生児聴力検査で「要精査」となった。大学病院の受診を説明した後、照明を落とした暗い廊下で、若い父親はその子を抱いて、「絶対治してやる」と言った。また泣きそうになった。複雑な背景はあるけれど、丁寧な言葉のやりとりが心を動かしてゆく。若い夫婦がうらやましかった。

出典:第4回「忘れられない看護エピソード」 看護職部門 入選『16歳の母』 矢吹 浩子さん・広島県 

『16歳の母』を読んで…


16歳の母と若い父親の「純粋さ」は貴いものでもあります。その純粋さに大人はハッとさせられると同時に、どこか痛いところを突かれたような心境になることもあるのではないでしょうか。「あの若い夫婦が持っている純粋さが、今の自分にはあるのだろうか。そんな純粋さを、自分はどこか遠くに置き忘れてしまっているのではないだろうか。」

若い夫婦にはこの先、多くの苦労が待っているでしょう。 その苦労を乗り越えられるかどうかが、ひとつの運命の分かれ道だと思います。 苦労の深さの分だけ、乗り越えたときの喜びもまた大きくなり、夫婦の絆もきっと強くなるはずです。若いご夫婦が幸せになることを心からお祈りしています。

「看護大学・専門学校受験ナビ」管理人


『ひと部屋の明かり』

 ただ待っているだけだった。小さいいのちが自ら流れ落ちることを。誰もがそれが最もいい選択だと思っていた。

 いつものように早朝の5時、深夜勤の3回目の巡回をしていた。外はまだ明けるには早かった。個室の前を通りかかると、明かりのついている部屋が一つ見えた。

 その部屋には、妊娠中期に入ったばかりのAさんがいた。破水が起こり、医師から「このまま胎児が順調に育つことは無理でしょう」と話があった方だ。ただ陣痛が起こるのを待つだけだった。私は部屋から漏れる明かりの意味を知りたくて、全ての患者さんを巡回してからまたその部屋に戻りノックをした。

 Aさんはベッドに横になっていた。早くこの状態が終わってほしいのではと私は考えていた。しかしAさんはこう言葉を発した。「お腹の赤ちゃんって今、元気でしょうか」と。Aさんはなるべく静かに動いていた。赤ちゃんを気遣うように。私ははっとした。

 私はAさんと胎児の心音を聴いてみることにした。すると、力強くドンドンドンと心音が聴診器から聴こえてきた。元気だ! 破水してから1週間たっているのに、こんなに元気だ。母体も問題ない。赤ちゃんは生きたいのだ。

 朝、すぐ医師にAさんの状態と意思を伝えた。その後、検査などを終え、受け入れ先が見つかり大学病院へ搬送となった。妊娠末期に入り、赤ちゃんは無事に産まれたとのことだった。

 その後しばらくたってから、Aさんが病棟に赤ちゃんと会いに来てくれた。きらきらした瞳。あの日、部屋の明かりの意味を探らなかったら、この子は今いなかったのかもしれない。私は看護をする中で、いつも一つ一つの意味を考えているだろうか、あの部屋の明かりのように…。

 忘れてはいけない「看護の心」を深く刻みつけたその赤ちゃんの誕生日には、写真付きメールが毎年届く。

出典:第4回「忘れられない看護エピソード」 看護職部門 優秀賞 『ひと部屋の明かり』 悉知 園子さん・東京都

『ひと部屋の明かり』を読んで…


人はどうしても自分の考えていることが正しいという思い込みを捨てきれないときがあります。「自分の判断は間違っているかもしれない…。」と考えられるかどうかで、その後の結果が大きく変わることもあります。

自分とは違う考え・見方を一旦は受け入れ、そのうえで、自分の判断を下せばいいのですが、いつでもそういった手順を踏むのはなかなか難しいものです。例えば、疲れていて、いろいろな視点からものを考えるのが面倒くさいとき、自分のプライドが邪魔をして、他人の意見が正しいと認めることが嫌なとき、自分の判断が間違っているわけがないと傲慢になっているときなど、そのときの自分のメンタルの状態や 自分を取り巻く環境などによって、人の判断は左右されます。

仕事でもプライベートでも、日々、人はさまざまな選択を常に迫られますが、「ひと部屋の明かり」の意味を見逃すことなく、一つ一つの意味を考える回数を少しでも増やしたいと感じました。

「看護大学・専門学校受験ナビ」管理人


『窓』

「集中治療室」。それはテレビがなく、周りは大半が壁で景色も見えず、今日の天気は晴れなのか曇りなのか分からない場所。しかし、この場所こそが私の生活の場であった。

 私は今から6年前、病に倒れた。集中治療室での入院生活が長期にわたり、私は景色が見えない、何もない集中治療室での生活にストレスを感じてい た。しかし、自分で立つことも歩くこともできなかった私にとって「外の景色を見る、外に出て散歩をする」など不可能なことだった。

 集中治療室には一つだけ窓があった。その窓は、スタッフステーションから私の様子を見ることができるように作られた窓であり、私がその窓から見えるのはいつも医師や看護師などが忙しく働いている景色だった。「空が見たい」と思う私にとってこの窓は窓ではなかった。

 ある日、1人の看護師が私の所へ来て「空はどんな色が好き?」と言った。私は「青くて雲一つない空が好き」と答えた。次の日、私がいつも通り起床すると、窓からは医師や看護師の忙しい姿が見えず、空があった。「青くて雲一つない空」が見えた。

 あの看護師は青くて雲一つない空の写真を窓に貼ってくれたのである。たくさんの空の写真をあの窓に貼って私に景色を見せてくれた。感動で涙が止まらなかった。

 私は今、病気を克服し看護師を目指している。そして、今もあの看護師を忘れることはない。外見はとても身長が低く小柄だったが、いつもワックスできっちりと固めたお団子ヘアが特徴的で、小柄でありながらも背中は誰よりも大きく見えた。

 あの看護師は私の命を救ってくれたわけでもない。しかし、私の心に手を差し伸べてくれたのである。私もあの看護師のように真っすぐに患者に手を差し伸べられる看護師になりたい。「青くて雲一つない空」のように真っすぐな看護師に…。

出典:第4回「忘れられない看護エピソード」 一般部門 優秀賞『窓』 関森 小都歌さん・京都府

『窓』を読んで…


感動してくださいと言わんばかりの演出をされると、かえって感動できずに、むしろ冷めてしまうことがあります。空の写真を窓に貼った看護師の方は、感動させてやろうというつもりはなかったと思います。 まさに、そっと手をさしのべるような心遣いだったのでしょう。そういう心遣いができるのも、相手の気持ちを感じ取れるからこそだと思います。

「看護大学・専門学校受験ナビ」管理人


『1分間の面会』

 ピッピッピッ…。詰所の隣の病室で、時々途切れながら心電図モニターの音が響いている。

 30年前、新人看護師(当時は看護婦)だった私は、血液内科病棟に勤務していた。不規則なモニターの主は19歳の少年だった。少年は急性骨髄性白血病で入院しており、もう目を開けることも言葉を発することもなかった。

 その日、40歳ぐらいの女性が詰所に飛び込んで来た。「息子に会わせてください」と何度も叫んだ。少年の母親だった。

 少年は意識がある頃「僕を捨てた母親にはもう会いたくない。もし、僕を探して面会に来ても断ってください」と言っていた。幼い頃生き別れたその母親が、今、すぐ近くに現れたのだ。

 私たちは迷った。病室に確認に行っても、意識のない少年から返事はなかった。息子が生きている間に一目会いたいと願う母親…。母親には一生会いたくないと言っていた少年…。私たちは、そのどちらの気持ちも踏みにじることはできなかった。

 私たちは、少年の言葉をそのまま母親に伝えた。そして、白い予防衣とマスクを母親に着けてもらい、「看護婦のふりをして、1分間だけ脈を測って来 てください。決して声は出さないでください」と言って、少年の病室に案内した。母親は約束を守ってくれた。震える手とこらえきれずにこぼれた涙が、そっと 少年の手首に触れた。1分間の沈黙が続く。その時、少年の指がかすかに動いたように見えた。

 それから数日して、少年は天国へ旅立っていった。

 30年がたった今でも、時々あの日のことを思い出して、あれで良かったのだろうか…と考えさせられる。

出典:第4回「忘れられない看護エピソード」 看護職部門 優秀賞 1分間の面会 三浦 ひとみさん・大阪府

『1分間の面会』を読んで…


息子が生きている間に一目会いたいと願う母親と母親には一生会いたくないと言っていた少年。どちらの気持ちを優先させればいいのか、ズバッと答えを出せるような簡単な問題ではないと思います。

母の涙が少年の手首に触れたとき、少年の指がかすかに動いたように見えたという状況から、「無言」の和解ができた…と思いたいところです。

人間関係がうまくいっていない場合は、お互いが歩み寄り、相手の気持ちを理解する姿勢を見せなければ、不仲を解消することはなかなか難しい気がします。両親との関係がうまくいっていない場合は、両親が元気なうちに和解しておいたほうが、人生の後悔が一つ減るかもしれません。

「看護大学・専門学校受験ナビ」管理人


『歩けない看護師でも』

 ある日突然右目が見えなくなり、手足がしびれ、多発性硬化症と診断された。その後も看護師を続けていたが、発症から3年後、大きな再発で長期入院を余儀なくされた。泣き叫んだこともあるほどつらいことのほうがはるかに多い入院生活で、看護師の言動に一喜一憂し、何気ない気配りや言葉が心に染みた。

 歩けないという感覚が理解できず、ベッドから落ちたことも何度かあった。そんな時、「勝手に動かないで」「何で呼んでくれないの」などと言われると、どうすることもできない悔しさと申し訳なさでつらさが増した。ある朝、ベッドから落ちた私に「ごめんね、びっくりしたね。怖かったでしょう。つらかったね」と、一言も否定せずに抱きかかえてくれた看護師の言動に、心からホッとした。そして、私なら患者さんにこんな言葉掛けができるだろうかと、自分の看護師としての言動を振り返っていることに気付いた。

 寝たきりになり、食事も排せつもベッド上、病室から出るのはリハビリの時だけという頃、その帰りに毎回、当然のように洗面所へ連れて行ってくれる 年配の看護師がいた。流水で手を洗えることにすごく喜びを感じた。また、病室の外で声を殺して泣いている母に寄り添ってくれている新人看護師に、感謝の気 持ちでいっぱいになった。このような看護に触れたことで、寝たきりでとても看護師復帰なんて望めないと思う半面、可能ならもう一度、看護師として働きたいという思いも強くなった。

 8カ月の入院後、在宅医療、訪問看護を受けながらリハビリを続け、3年間の休職を経て、車椅子ながら看護師としての復職がかなった。

 退院調整看護師として13年目を迎えた今も、再発の不安におびえながら治療を継続している。「歩けない看護師なんて」という批判の声も耳にしたが、病気を経験したからこそ分かる不安や焦り、いら立ち、喜びなど、患者さんやご家族の思いに寄り添える看護師を目指して、病院中を車椅子で走っている。

出典:第4回「忘れられない看護エピソード」看護職部門 内館牧子賞「歩けない看護師でも」 安達千代美さん・兵庫県

歩けない看護師でも』を読んで…


看護される患者の立場になって、はじめて気づくことがたくさんあると思います。今、相手はどんな気持ちなのだろうと考えることで、適切な対応ができるのです。仕事だけでなく、ありとあらゆる場面で言えることだと思いますが、相手の気持ちを理解しようと努力をした人のほうが、人間関係がうまく築けるのだと思います。いろいろな理由で自分に余裕がないときは、周囲の人の気持ちを冷静に考えることは難しいかもしれませんが、人に接するときはなるべく、相手が今、どんな気持ちになっているかを考えながら会話をしたいものです。

そして、もう一点言及したいことは、歩くことが難しいなかでも、看護師をやろうとする安達さんの思いです。自分の思いを実現する人の多くに見られるのは、やろうと思ったことに対する思いの強さです。心の底からやりたいと願ったことは100%実現するとはもちろん言いませんが、実現する可能性が高くなるのではないかと改めて思いました。

「看護大学・専門学校受験ナビ」管理人



第4回「忘れられない看護エピソード」 特別審査員・内館牧子さんの講評




入賞した第4回「忘れられない看護エピソード」20作品が、読めます!

入賞した第4回「忘れられない看護エピソード」20作品はこちらから。朗読動画も公開されています。


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第4回「忘れられない看護エピソード」集[PDF9.9MB]

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内容
いのち輝くいい話: 忘れられない看護エピソード――
書籍
内館牧子さん推薦! 「看護師がいなかったら、私は助からなかっただろう」 本書には看護師たちの想いと看護される側の人の感謝の気持ちが詰まっている! 看護にまつわる感動のエピソードを募集する「忘れられない看護エピソードコンテスト」の応募作品から、選りすぐりの90話を収載。読めば、明日を生きていく力が自然と湧いてくる一冊。

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